【はじめに】
2016年夏期オリンピック(ブラジル・リオデジャネイロ)。マスコットキャラクター「ヴィニシウス」。パラリンピックキャラクター「トム」。実はこれらは、本日のテーマ曲であるイパネマの娘の『作詞:ヴィニシウス・モラエス』『作曲:アントニオ・カルロス・ジョビン=通称トム・ジョビン』から来ています。本日紹介する「ボサノバ」という音楽もリオ南側の海岸地区で生まれた音楽なのです。
【ジャズとボッサノーヴァの関係】
日本ではボサノバと発音されますが、海外ではブラジル公用語であるポルトガル語のBossa Novaから「ボッサ・ノーヴァ(あるいは単にボッサ)」と発音する事が一般的です。Bossa(こぶ・波)、Nova(新しい)。つまり英語的に言い換えるなら「ニューウエーブ(NewWave)」という意味を持っています。この言葉は以降、様々なジャンルでも使われる事になります。
ボッサ・ノーヴァは、1950年代後半に、リオの南部(コパカバーナ、イパネマなど)でギター歌手ジョアン・ジルベルトやピアニストで作曲家のジョビンによって牽引された当時の若者の音楽でした。特にジョアン・ジルベルトが貢献した点は大きく、以下の3点が挙げられます。
(1)バチーダ奏法:50年代中期に、アコースティックギター1本のみで、サンバのリズム、ベースライン、和音を同時に再現する『バチーダ(混ぜる)』と呼ばれる奏法を確立。
(2)脱力系ボーカル:歌い方のアイデアとして、当時アメリカで流行していた「ウエストコーストジャズ」のような脱力した雰囲気に影響された。特に1956年に発売された『チェット・ベイカー・シングス』。これはこの講座でも取りあげた事のあるトランぺッター兼ボーカリストの作品で、中性的な声で優しく歌う雰囲気が、ジョアン・ジルベルトに大きな影響を与えました(本人も公言している)。
(3)このギター奏法と歌い方をジョビンが見いだし(言わばプロデュース)、1958年にChega de Saudade(シェガ・ジ・サウダージ=思い溢れて)が発売され「新しい波」が始まる。※ちなみにこの曲も英語で「No More Blues」というタイトルでカバーされています。BossaNovaはその後、ジャズにも大きな影響を与えることになります。また1970年代からはMPB(Musica
Popular Brasileira)という音楽へと発展します。
【イパネマの娘】
1962年にジョビンによって作曲、ヴィニシウス・モラエスによってポルトガル語で作詞される。ライブ等で演奏される事が中心でした。1963年にノーマン・ギンベルによって英語バージョンが作詞されます。
ポルトガル語の雰囲気
なんてきれいな娘なんだろう
スイングしながら海辺を歩いてゆくよ
イパネマの太陽のように黄金色の肌
彼女の歩く姿は一遍の詩のよう
ここを通り過ぎる誰よりも美しい
英語の雰囲気
長身で日焼けして、若くて可愛い
イパネマの娘が歩いていく
そして彼女が通り過ぎると
通り過ぎる一人ひとりが
「ハ~ッ」とため息をつく
同年63年にスタンゲッツ(Sax)、ジョアン・ジルベルト(Gt,Vo)、アストラッド・ジルベルト(妻、Vo?)、トム・ジョビン(PF)らによってニューヨークにて録音される。ジョアンがポルトガル語で歌う部分と妻アストラッドが英語で歌う部分、スタンゲッツのサックスソロ、そしてジョビンのピアノソロからなる楽曲構成。妻は当初歌う予定ではなかったが「歌ったらイイ感じだった」のでそのまま採用されたという伝説があります。この録音が、スタンゲッツのアルバム「ゲッツ/ジルベルト」(1964年発売)の一曲目に収録され全米でのポピュラリティを獲得します。
同年、英語のみによるシングル盤が発売されます。編集によってポルトガル語(夫)部分はカット!されてしまいます。理由は「シングル盤だと長くて入らないから!」これは事実のようです。これが全米で96週ビルボードチャートインするほどのヒットとなります。※64年にはブラジルで軍事クーデターがありました。上記の理由以外にもこうした政治的背景からカットさせたのかも知れません(推測)。
【多様な録音の紹介】
スタン・ゲッツ「ゲッツ/ジルベルト(Getz/Gilberto)」
(1963年3月18日-19日録音1997年デジタルリマスター)
上記63年の録音のデジタルリマスター版です。スタン・ゲッツ(sax)の空気の漏れた様な色気のあるサウンドは「サブトーン」と呼ばれる奏法で、ウエストコーストジャズの定番の奏法です。英語版(妻)の「アー」というため息が特徴的です。余談ですが英語バーションが大ヒットしたことで夫婦仲が悪くなり、調子に乗った妻(アストラット・ジルベルト)は、なんと「日本語バージョン」もリリースしています。聴いてみましょう。
オスカー・ピーターソン・トリオ「We Get Requests」
(1964年10月19日と11月20日録音 2005年デジタルリマスター)
Oscar Peterson (Pf) Ray Brown(B) Ed Thigpen(エド・シグペン)(Dr)
アナログレコードの時代から「高音質」と絶賛されていた名盤。今回はよりクリアーになったデジタルリマスター版でお楽しみ下さい。リーダーのオスカー・ピーターソンももちろん素晴らしいのですが、右側から聴こえて来るレイ・ブラウンのベースラインに是非注目してみて下さい。ピアノが和音を弾かない時、高い音域(ハイポジション)でアンサンブルを支えています。
アントニオ・カルロス・ジョビン「The Composer of the DESAFINADO plays」
※日本語版タイトル「イパネマの娘(ポリドールレコード)」
(1963年5月録音LPレコード)
「ゲッツ・ジルベルト」の僅か2ヶ月後にNYで録音された作曲家「アントニオ・カルロス・ジョビン」によるインスト版。ジョビンのピアノが中心なのですが、編曲のクラウス・オガーマンが素晴らしいです。クラウス・オガーマンはストリング(弦楽)アレンジの名手として知られる人物で、ボサノバ以外にもジャズやポップの世界でも有名です。当時流行していた「イージーリスニング」と言われるジャンルのサウンドです(ヘンリー・マンシーニ、ポール・モーリアなど)。この音源はデジタルリマスター版が出ています。
サミー・デイビスJr カウント・ベイシー「Our Shining Our」(1964年9月録音LPレコード)
ボーカリスト、サミー・デイビスJrがカウントベイシー楽団と共演した名盤です。冒頭部分のサックスのフレーズは「ディジーガレスピーの『Manteca』」という曲からの引用になっています。曲の冒頭は跳ねない、途中から跳ねる、こうしたスタイルはアフロキューバンスタイルと呼ばれるもので、Mantecaはその代表的な曲でもある事から、引用されたのではないかと推測されます。この音源はデジタルリマスター版が出ています。
テッド・ヒース・ゴールデンアルバム「MIRAGE(蜃気楼)」(1970年録音LPレコード)
英国最高峰ビッグバンド。もともとは英国BBC放送の為のバンドでした。リーダーのテッド・ヒースはトロンボーン奏者(言わば英国版グレン・ミラー楽団か)。非常に組織化された、軽快なスゥイングビッグバンドのサウンドです。アナログ版で聴くビッグバンドのサウンドは重厚感が感じられます。このバンドはアメリカでも50年代に高く評価されていました。この音源はデジタル化されていません(正し、新しく録音し直したものが流通しています)。
オムニバス盤「pipe-line modern punch for you」より松本英彦カルテット(1978年録音LPレコード)
猪俣猛とウエストライナーズ、白木秀雄クインテットなど70年代に活躍した日本のモダンジャズバンドのオムニバス盤です。実は「平凡パンチ」という大衆紙でアンケートを取り、企画されたレコードです。松本英彦(Ts)ジョージ大塚(Dr)鈴木勲(B)菅野邦彦(Pf)によるバージョン。録音状態も良くアナログで聴く松本英彦の力強いテナーサックスの音をお楽しみ下さい。ベースの鈴木勲は日本人で唯一アートブレーキージャズメッセンジャーズのメンバーとなった大御所です。なおこの音源はCD化はされていません。Youtubeにもありません。
Klazz Brothers(クラッツブラザーズ) & Cuba Percussion「Jazz Meets Cuba」(2003年)
Kilian Forster(B)Tim Hahn(Dr)Bruno Böhmer Camacho(Pf)Alexis Herrera Estevez(Per)Elio Rodriguez Luis(Per)
ClassicとJazzを混ぜる→Clazz→Klazzというバンド名。ヨーロッパを中心に活動しているグループですが、そこにアフロキューバンパーカッションを混ぜる事で独特のカラフルなサウンドになっています。もともと欧州ではドイツにECMレコード(Editions of Contemporary
Music)というレーベルがありクラシック現代音楽とジャズの融合が行われてきました。モノクロームでダークな音世界が特徴的なのですが、KlazzBrothersのサウンドは、そうしたECMのサウンドを継承し、原曲からは想像出来ないリハーモナイズ(ハーモニーの再構築)で独特の世界観を醸し出しています。途中で聞けるチェロの様な音は実はコントラバスのハイポジションで弓奏されています。Youtubeにはありません。
Tamara Maria「Tamara Maria」(2007年)
NeoBossaNovaあるいはNuBossaNovaというジャンルがあるようです。コンピュータでフレーズサンプリング(例えば1小節だけ録音してそれをコピーして繰り返すなど)などを多用したクラブ系ボサノバの事をそのように呼びます。タマーラ・マリアはオランダのボーカリスト。全体的には「ドラムンベース」と呼ばれるクラブミュージックの影響が感じられます。例えば、「コード進行を無視したベースライン(しかも超低音)」「時々聴こえる低音の『ブーン』と下降する音」。右側から聴こえて来るエレクトリックピアノ(フェンダーローズ)が、70年代のクロスオーバーフュージョンの雰囲気を出しています。